お受験合格体験記~青山学院初等部

現在7歳の長女を青山学院初等部に通わせている38歳の父親です。

 

娘は幼稚園に入る前の段階で妻の強い希望により、

プレ幼稚園教育で有名な知育教育の教室に入塾させました。

 

私自身は娘にはせいぜい中学校受験くらいからの受験でも何の問題も無いと考えていたのですが、妻は私とは娘の教育に関する考え方が違い、

「娘が有名私立の初等部もしくは幼稚舎に入る」事が娘の将来を左右する、という考えがあり、妻のたっての希望で娘を小学校受験させる事に3年前に決めたのでした。

 

娘が通っていた知育教室は有名私立大学付属の幼稚舎のお受験コースがあり、系列グループには有名私立大学付属の小学校受験コースがあった事でそちらを娘の担任の先生に紹介してもらいました。

小学校受験の受験対策を塾に通い本格的に行う事になったのは今から2年前、娘が幼稚園の年中さんだった5歳の時でした。

 

娘が小学校受験の為に通っていた塾は、都内でも有名な小学校受験対策塾として知られ、入塾時の保護者面談に妻と共に向かった私は小学校受験の奥深さと厳しさを思い知ったのです。

 

娘の入塾前の保護者面談では、まず私達両親が「必ず娘を希望の私立大学付属初等部に入学させる」という意識を持つ必要があります、と指導を受けました。

 

私は娘の情操教育や子供時代の教育については娘自身のやる気に任せるつもりだったのでその事を塾の先生に伝えると、先生から「お父様の意識をまず改革していかなければいけません」と叱られてしまった事を良く覚えています。

 

私自身がのほほんとしている中で、妻は必死に娘の青山学院初等部の入学のサポートをしていました。

妻が娘を青山学院初等部へ入学させる事を決意した理由は、青山学院初等部が有名私立大学付属初等部の中では比較的お受験偏差値が高すぎない事で知られていたからです。

 

妻は当初娘を慶応義塾横浜初等部に入学させたかった様なのですが、偏差値も青山学院初等部が60前後であるのに対し、慶応義塾横浜初等部は67前後と高く、流石に妻も娘には無理だと判断した様でした。

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娘は塾で「巧緻性(こうちせい)」と呼ばれる「手先の器用さと外見からその物の中身を判別する能力」を鍛える授業をメインにカリキュラムを組んでもらっていました。

巧緻性を図る小学校受験の問題は小学校受験においてメインコンテンツとなっており、受験対策として巧緻性訓練をメインとしたカリキュラムを娘に組んでもらったのでした。

 

青山学院初等部の入試は去年の11月初旬から約5日間の期日内で「適性検査A」と「適性検査B」、そして「両親面接」の3項目の試験で構成されていました。

2日間かけて行われる「適正試験A」と「適正試験B」は合わせて6時間前後にもなる長丁場の試験で、6歳の娘もそれまで塾で学んできた事を頑張って出し切った様でした。

 

そして両親面接についてですが、私は塾で妻と共に仕事の合間をぬって両親面接の特訓を何度も行いました。

娘の幼稚園の教育方針を親が把握しているかどうか、私が娘と日常的にどの様な会話をしてコミュニケーションを取っているか、そして私の仕事の内容などについて明確にはっきりと説明する特訓を妻と共に受けてきたのです。

 

両親面接は私の人生の中でも一番緊張した時間だったかもしれません。

ドアのノックの仕方から面接前の教室外に用意された椅子の座り方まで全てをチェックされながら面接に臨み、妻と二人で何とか両親面接を乗り切りました。

 

そして忘れもしない両親面接から5日ほど経った11月初旬も終わりかけの頃に、自宅に郵送で青山学院初等部の合格のお知らせが届いたのです。

私は娘の青山学院初等部のお知らせを仕事から帰宅した時に妻から手渡された時には心臓が破裂しそうな程鼓動していた事を覚えています。

 

封筒を開け、「合格」の2文字が目に入った時に私は感動のあまり泣いてしまい、同じく私のそばで妻も泣いておりました。

現在は娘も青山学院初等部に毎日元気に通っており、特にプールの授業がお気に入りで楽しみにして学校に通っております。

 

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